新しい元号を迎えるにあたって、近代元号と呼ばれる明治、大正、昭和、平成の由来を紹介してみたいと思います。
その時代を彩ってきた元号にどのような意味が込められていたのでしょう。
※歴史上のことなので諸説あります。
この記事のあらすじ
明治
「一世一元(いっせいいちげん)の制」の開始!
明治は1868年から1912年の45年続きました。(明治45年7月30日まで)
この時代より、「一世一元の制」が定められ、天皇の在位中は元号を変えないという制度が開始されます。
以前は、天皇が変わるのはもとより、「吉兆の現れ」「天変地異による不吉」などでわずか数年で元号は変更されていたのです。数ヶ月なんてものもあったんですよ。
幕末の動乱の中での改元!
鎌倉幕府より700年もの間続いた武士の世が終わりを告げ、天皇を中心とした新しい国家体制が築かれていきました。
江戸を東京と改称、都が東京に奠都、藩が県に変わるなど現在では当たり前であることがこの時代に変えられていったのです。
しかし、この頃は新政府軍vs旧幕府軍の「戊辰戦争」により京都から北海道にかけて戦火が激化、さらにそれが終結をみせても、元武士による新明治政府に対しての不満が爆発し日本各地で反乱が起きていました。
新しい事を成すには、不満が付きものなのです。
明治とは日本が新しく生まれ変わろうとした時代と言えるのでしょうね。
くじ引きにより「明治」に決定⁉︎
古代中国の書物『易経』の
「聖人南面而聴天下、嚮明而治」
「北極星のように顔を南に向けとどまれば、天下は明るい方向に向かい治る」
という意味という。
いくつかの候補の中から、天皇がくじで引き当て決まったのですが、「え?くじで?」って思ってしまいますが、これこそ天命という事ですよね。
明治以前の改元の際に、10度程も「明治」の候補があったらしく、もしかしたら近代元号ではなく武士の時代に「明治」が誕生していたかもしれませんね。
大正
大正は1912年から1926年の15年続きました。(大正15年12月25日まで)
日本の歴史上、一番短い時代となります。
短い時代であるが、激動の時代でもある!
大正時代でひときわ有名な言葉は「大正デモクラシー」でしょう。
明治時代を作ってきた薩摩藩(現・鹿児島)や長州藩(現・山口)といった一部の偏った者たちの独裁的な政治を批判し、憲法を守り、人民の意向に従い政治を行うべきという運動。
さらに大正3年、全人類初となる「第1次世界大戦」が発生しており、イギリスと同盟を組んでいた日本も参戦することになります。
日本本土が被害を受けることはなかったものの、ヨーロッパで多数の戦死者を出しました。
「関東大震災」が起こったのもこの時代であり、大正12年9月1日、M7.9の大地震は東京を中心とした関東地方に甚大な被害を及ぼしました。
9月1日「防災の日」が定められたのも、この震災の影響が大きかったからというわけです。
「大正」以外で候補は5つ!
「大正」の由来として、「明治」と同じ『易経』からの、
「大亨以正、天之道也」
「政治を行う者が民の意見を聞き入れることが出来れば、それは正しい道となる」
という意味。
大正デモクラシーそのものの元号のようですね。
他にも元号案があり、「天興」「興化」「永安」「乾徳」「昭徳」でした。
ちょっと古代っぽさがあるような気も…。
昭和
昭和は1926年から1989年の64年続きました。(昭和64年1月7日まで)
大正天皇が亡くなったのが大正15年12月25日であり、昭和元年はわずか7日間しかなかったことと、さらに昭和64年も1月7日までであることから、実際は62年と14日でした。
しかしこれは、日本史上、さらには外国の元号を含めても最も長く続いた元号でした。
「昭和」といえば「第二次世界大戦」の勃発!
1939年(昭和14年)、ドイツがポーランドに侵攻、それに対しイギリスとフランスがドイツに宣戦布告して「第二次世界大戦」が開始。
「日独伊三国同盟」のドイツ、日本、イタリアを中心とした国々と、イギリス、ソビエト、アメリカなどの連合軍との間で戦われた文字通り人類史上最大の世界大戦でした。
1945年(昭和20年)8月、日本の降伏をもって6年にも及んだ第二次世界大戦は終結を迎えました。
江戸時代の「明和」と同じ由来の「昭和」!
「昭和」の由来は、中国古代歴史書『書経』から、
「百姓昭明、協和萬邦」
「国民の平和と、世界との共存繁栄」
という願いが込められています。
この時代に、第二次世界大戦が起こってしまったことに悲しくなってしまいますね。
ちなみに、1764年の江戸時代の頃の「明和」という元号は、「昭和」と同じ意味で付けられたのだとか。
平成
20分間で決定?
元号に関する会議は、慌ただしい中、20分ほどで決められたといいます。
もちろん、水面下で「平成」「修文」「正化」という3案には絞らてはおり、過去の近代元号をアルファベット頭文字に並べた時に、「M、T、S、の後はHが良いでしょう」という発言、その後に開かれた全閣僚会議でも意見が一致し「平成」に決まったといいます。
幕末期にも「平成」案は存在した?
平成の由来は、『史記』と『書経』の歴史書から、
「内平外成」「地平天成」
「国の内外、天地ともに平和が達成される」
という意味。
江戸時代の幕末期の「慶応」と改元された別案として、「平成」が存在していたといいます。
元号を付ける際に、中国の古典を参考にするのが古来からの習わしであるようです。
元号の由来を知ると、その時代の状況や願いが見えてくる感じがして浸ってしまいますね。
コメント